蔵元便り 柚野の里から

2004年02月

雪だるま

 蔵の入り口に蔵人たちが雪だるまを作った先週末、通るたびに「クスッ」と口元が緩むその表情に、今年の酒造りの順調さがにじみ出ているようです。
お酒というものは、本当に生きているんですよね・・・こんなエピソードがありました。
大吟醸は搾る際、「袋取り」といって、もろみを袋に入れその袋を重ねて、自らの重みでしずくとなった酒が垂れてくるのを待つ搾り方です。
そのように酒に無理を掛けない搾り方なのですが、一番最初に酒になる滴と最後の滴ではそれぞれ味も香りも違うのです。搾り出すタイミングによって、酒質が大きく変わるというのは驚きです。
しかも、最初と最後の差だけでなく、18リットル入りの斗ビン、その1本1本が決して同じ味と香りではないのです。
兄弟が似ているけれど違う顔であり性格であるように、それぞれに同じタンクから味わいの異なる酒となって生まれてくるというのは、とても不思議な感じがします。 ほんのわずかな時間差で酒となるのに・・・
あるとき、大吟醸のふながけ(酒を搾ること)をしている時、杜氏が「ききちょこ」にその酒を入れて、わざわざ蔵元の所に持ってきたのです。
「ちょっときいてみてください」といって差し出された酒は、この道50年の蔵元ですらきいたことのないバランスの取れた味と湧き上がるような含み香のすばらしい極上の酒だったそうです。
蔵元が「もう一杯持ってきてくれ、みんなにきかせるから」と言うので、杜氏はあわてて船場に戻り、さっきの斗ビンから酒を注いだのですが、味はもうすでに変わっていたそうです。
「確かに味は変わっていたので、もう持っていきませんでしたその酒は・・・」と杜氏は話してくれました。
「ああ、お酒は生きている・・・」と痛感した話です。


杜氏をはじめとして、地酒屋のみんなは、毎年の一冬をこの一滴の美味しさを求めてひたすら打ち込むのでしょう。
相手は工業製品ではなく、森羅万象生きている自然の賜物です。
今日はどんな酒が顔を見せるのか、楽しみです。