蔵元便り 柚野の里から

2000年11月

品質管理

10月の良く晴れた日のことです。
「今日は会社はお休みのようですが、お酒を譲ってくださいませんか?」 という男性が富士錦酒造にいらっしゃいました。
休日に車を走らせて、わざわざ当蔵を目指してくださる方は、「富士錦の「○○の酒」が一番」 というような「ツウ」の方が多いので、「しぼりたて原酒ですか?」 とたずねると 「そうだ!!!」 というお答えが返ってきました。
カメラが趣味とのことで、今日はそばの花と富士山を撮りに来たついでに富士錦へと足を伸ばしたの由で、色々な土地に行っては、その土地の地酒を楽しんでいらっしゃるとのことでした。

話し好きなその男性は「いろんな土地の地酒を飲んでみたが、僕にはこの富士錦のしぼりたてが一番舌に合っているようだ」 と話し、「この時期にしぼりたてがある蔵って、そんなに無いんだよね」 ともおっしゃいました。
的を得た、とても日本酒のことをご存知の人と見受けられ、「がんばって冷蔵倉庫を建てましたから」 と答えると、微笑みながら「冷蔵倉庫があるんだね・・・」 と納得されたようでした。
ところで、日本酒は温度の変化に敏感で、品質が変化しやすいという特徴をご存知ですか?
お中元やお歳暮などでもらったお酒を、しばらく開封せずに放っておいたら、まずくてとても飲めるような代物ではなくなってしまった・・・。こんなことは良く聞く話です。
しかしながら、常時摂氏5℃の低温環境で保存をすれば、2年3年と置くごとに、お酒が熟成しておいしくなるという特徴があるということは、あまりご存知ではないかと思います。

今まで、日本酒の保存管理についてあまり語られていないのはなぜでしょうか?
そもそも日本酒というのは、ワインなどと違い「保存に適した酒」 ではありません。「温度変化に敏感で直射日光に弱い」 という日本酒のデリケートさは「酸度の低さや糖度の高さ」 ゆえのもので、常温で2ヶ月も3ヶ月も放っておけば、菌の増殖により酒は熟成どころか変質をしてしまいます。

これはワインなどでも同じことが言えるのですが、ワインの場合は日本酒よりも「酸度が高く」 かつ「糖度が低い」 ため、常温(常温とは言っても限度はありますが) でも変質をさせずに熟成ができるのですが、日本酒ではそうはいかず、より低い温度での保存が必要なのです。
ですから、「冷蔵倉庫」 などの無い時代は「保存して熟成させること」が不可能であったばかりか「しばらく置いておけば、すぐにまずくなってしまう」 ので 「絞ったらすぐに飲む」 「買ってきたらすぐに飲む」ということが常とされ、その習慣が今でも続いているのです。
時代が変わり、各種の冷蔵技術が発達した今でも、「日本酒を熟成させるために冷蔵庫に入れる」 という一般の方はそう多くは無いと思います。
方やワインの方はといいますと、専用のワインセラーなるものに収まり、おいしさの探求に血道ならざる努力を重ねる方も多いと聞きます。
この差たる物一体なぜに生じたのでしょうか?
「日本酒とワインの商品イメージの差・・・」 それとも 「業界の努力の差・・・」 なのでしょうか?
惜しむらくはその両方とも言えるかもしれません。

「日本酒斜陽」 が叫ばれる今、わたしたち日本酒業界は蔵内の酒がそのままの品質でお客様に飲んでいただくための方法や、品質管理の大切さを理解し、それを広めるための努力を今こそしなければならないでしょう。

かの男性。「このしぼりたての2年ものが、冷蔵庫で眠っているんだよ・・・。だんだん色が濃くなってきてうまみが増してきたから、絶対に譲れないんだ」といって帰られました。
そのあとには、心地良いような、うれしいような空気が蔵全体に広がったのはいうまでもありません。