蔵元便り 柚野の里から

2000年12月

富士山の醸した酒

毎朝夜明け前、ボイラーの音で目が覚めカーテンを開けると、窓ガラスが白く煙って外の寒さが指を伝って染み込んできます。
ちょうど窓から見える景色は、蔵の屋根から勢い良く昇る蒸米の蒸気と、その後ろに白く雪をたたえた富士山の高い頂上。

そうです、この冬も富士錦の酒造りがはじまったのです。
今年も11月1日より入蔵した畑福杜氏率いる総勢7名の蔵人は、入蔵の挨拶が済むと、まず富士山を見るのだそうです。
すると、富士錦に来た実感が湧き、心が酒造りに向かうのだそうです。

富士山の雪解け水で仕込み、富士山に見守られながら造り、さまざまな思いを富士山に託して醸す富士錦の酒は、まさに富士山の醸した酒…なのかもしれません。
今年、頭(杜氏を補佐する役)として富士錦にきた山口さんは昭和四年生まれ。
昨年まで埼玉の銘醸造で杜氏をつとめ上げ、今年は引退を決めていた人です。
それを、畑福杜氏がひと夏かかって説得し、日本酒の技術向上のため、引退するまえに是非自分と一緒に酒を造ってくれないかとのとの熱意にほだされて、富士錦への入蔵を決めたと聞いています。
頭のその細身の身体からは、職人の頑固さも気難しさも漂って来ず、かといって好好爺と言う訳でもなく、無色透明な静けさをたたえた印象です。
富士錦の酒が、こんな熱意ある蔵人たちの技術の結集により、この冬また深みを増す…そんな造りになりそうです。
ところで、先日とあるきき酒会でアメリカ人が当蔵の酒をきき酒していかれました。
ご夫婦でいらしたお二人は、大変富士錦がお気に召し、純米吟醸を 「smooth」 大吟醸(金)を 「have a body」 と表現していかれ、この酒はどこで買えるのか?

日本酒は世界の酒の中でも、極めてレベルが高い酒なのに、なぜ世界で売らないのか?
そんな問いも飛び出しました。
富士山は世界の共通語。
おいしい酒を造る喜びは様々な人とつながっていくのだなと感じるきき酒会でありました。