蔵元便り 柚野の里から

2010年10月

入蔵と笹の香り

私が子供の頃、杜氏の入蔵土産を殊の外楽しみに待っていたものでした。秋が深まるとやってくる杜氏は、その頃は、頑固一徹な木曽杜氏の時代。大きな柳行李に半年分の荷物を詰めて入蔵すると、すぐその中から風呂敷に包まれたお土産を大事そうに出しては私に嬉しそうに渡してくれました。


その中身は毎年決まっていて、大きな熊笹の葉にくるまれた手作りの笹団子と笹飴。団子は、笹の葉にくるまれて藁で器用に結ばれた、手の込んだ手作りの品でした。
その知恵の輪のような結び目を四苦八苦しながらほどいて食べるのがおもしろくて、酒造りが始まるその日の懐かしい思い出です。笹の葉にくるまれた透明な水飴は、口に含むと水飴の甘さと共に笹の上品な風味が口いっぱいに広がって、何度でも欲しくなったものです。
昔から日本人は、こんな風に自然の木や植物の特性をよく知り、食生活を豊かに彩ってきたのですね。
日本酒の世界でいえば、「酒樽」。「酒は樽詰めに限る。」と、おっしゃる人は、まだまだ多くいらっしゃいます。樽詰めの酒のうまさは、一口飲めば杉の樽の芳香が口いっぱいに広がり、のどの奥までしみ込んだ瞬間、酒の真の旨さを味わうことが出来る、忘れられない別格の味わいです。
今月は、光栄な事にこの樽詰めの酒のご用命が非常に多い月でした。蔵元として晴れの日の門出の宴にお使い頂けることは、この上ない名誉な事であり心を込めて、菰を巻きお届けさせて頂きます。また宴の中でも、ひな壇に主役達が集まり威勢が良く酒樽の鏡を開くと、大いに会場が沸き、皆で喜びを分かち合う晴れやかな笑顔の一幕となるようです。

古くから自然と深く関わってきた日本人だからこそ味わえる、樽詰めの酒。人生の晴れの日にこそ、自然の恵みを享受する記憶に残る一杯を、心ゆくまで味わっていただけたなら、こんな蔵元冥利に尽きることはない…。