対談

対談 ことばのつどい 食と郷土への想い
身土不二の理想を目指して 有限会社 深澤フーズ代表取締役 深澤正樹、富士錦酒造株式会社 代表取締役 清新一

富士錦酒造と同じく旧芝川町内で昔から地元の農産物を加工する仕事を続けてきた深澤フーズ。現在は、自家製の生そば、うどん、パスタなどの他、豆乳ジェラートでも人気が高い。その三代目である深澤正樹氏と弊社の清信一とは、芝川町観光協会で町の活性化についてさまざまな議論を重ねてきた旧知の仲。素材へのこだわりや食の安全という意味でも共通の価値観を持つ2人が、大震災後の日本における“食”の未来について、互いの想いを熱く語り合った。

清:
うちの家族も深澤フーズのパスタやうどんが大好きですが、深澤さん自身は、素材へのこだわりが昔から強かったのですか?

深澤:
うちの商売は、地元の農家が作った小麦や蕎麦を製粉していたことから始まっているので、何かにこだわるというよりも、素材そのものに何かを加えたりする感覚が昔からなかったという感じですかね。

清:
当たり前のことを当たり前にと?

深澤:
はい。
昔は添加物や保存料が入っていないことが当たり前だったのが、経済性や流通の都合で徐々に添加物がなくてはならないものになってきて。
今はうちのうどんを見て『保存料が入ってないけど大丈夫?』と聞いてくる人がいるぐらいですから(笑)

清:
なるほど(笑)
うちも戦後日本で初めて純米酒を発売したという歴史がありますから、その気持ちはすごくよくわかります。

深澤さんのような考え方は、消費者の方々にも受け入れられつつあると感じますか?

深澤:
世間の考え方としてはそういう方向にあると思いますが、いざ商品を選ぶとなると、やっぱり値段で選ぶという傾向が強いですよね。

だから、メーカーもそれに合わせたものを作らなければならないという面があって、なかなか主流にはなりにくいのかなと。

清:
でも、一部には少し高くても本物を選ぼうとする人もいるわけですよね。

深澤:
そうですね。
うちの場合は、そういう層を対象にしているのが現状です。

けっして高級品ではないんですが、日常食べるものに関しては、ちゃんとしたものを食べたいという人は少しずつ増えてきていると思います。

清:
たしかに、それが主流になるのが理想ですね。
深澤さんは、原料も国内産を多く使っていますが、それも理由があるんですか?

深澤:
パスタ以外は国内産ですね。
外国のものが悪いというわけではないですが、やっぱり目の届く範囲で作られたものというか、出どころのはっきりしたものにしたいですから。

それと、もうひとつは『身土不二(しんどふじ)』という考え方ですね。
人間の身体と土、つまり暮らす環境は切っても切れないものだという意味の仏教用語なんですが、人間も生き物である以上、その土地の空気を吸って、水を飲んで、そこでとれたものを食べるというのが自然の姿ですよね。
だから、なるべくそれに近づきたいと思っているんですよ。

清:
それは良い言葉ですね。
言われてみれば、うちも同じ気持ちで酒造りをしています。

深澤:
地元で自分たちの手で米を作って酒にするという清さんたち姿勢は素晴らしいですよ。

今は耕作放棄地が増えてますが、それを元に戻していければ、住んでいる人も生きる力が湧いてくると思うんですよ。

だから、うちも将来的には、ぜひ富士錦さんのような方向を目指していきたいと思っています。

清:
いや、うちもまだまだですよ。
ただ、農業もやはり技術がないとやっていけないので、今と同様に人材を育てることを続けていかなければいけないという意識は強いです。

この地域は高齢者が多いので、いずれは農作業ができなくなってしまう可能性が高いですし、後継者は必ず必要になってきますから。

深澤:
最近は農業をやりたいという若い人も増えてきましたから、うまく農地を貸したり借りたりできる仕組みができて、後継者を育てられればいいですね。

清:
本当にそうですね。
話は少し変わりますが、東日本大震災を経て、意識を変えていかなければいけないところはありますか?

深澤:
震災以前は、原発は安全だよと言われたから漠然と安全なんだろうと思っていた部分がありましたよね。

でも今回の原発事故を境に、みんなが国や大企業の言う安全性に疑いを持ち始めていると思うんです。
だから、人の言うことを鵜呑みにせず、自分でも確かめなきゃという意識が出てきているのかなと。

それは食に関しても同じで、国が安全な添加物と言っているけど、本当はどうなんだ?と考える人が多くなると思います。

清:
国の尺度とか、人が言った基準とかじゃなくて、自分の中の基準ということですよね。
それは売る側も同じで、国で放射線が何ベクレル以下と言っても、自分の中ではより厳しい基準を持つべきじゃないかなと。

僕らもそういう意識に変えるべき時期に来たのかもしれないと思うんですよ。

深澤:
それも大事ですね。

清:
ただ消費者の立場から考えると、政府も大企業も信用できないなら、いったいどの作り手が信用できるのかと悩むでしょうね。

深澤:
そのへんがむずかしいですね。
僕らは大きな広告も打てないし、精密な成分表示もできないですから。
出どころのはっきりした原料を使うとか、自分たちにできることは最大限やっているつもりですが……

清:
うちも自分の子供や家族に安心して与えられるものをという意識でやっています。
お酒は子供には飲ませられませんが(笑)、そういう気持ちがあれば、自分が一番安心できます。

ただ、その信頼性に関しては、お客様には信用してくださいと言う以外ないというのが正直なところです。

深澤:
それはうちも同じです。
でも、富士錦の場合は、何百年も続いてきた歴史そのものが信用ですよね。
それは細かいデータを出すより価値あるものだと思います。

清:
ありがとうございます。
でも、そこにあぐらをかくと一発で信用を失ってしまうことがありますから。
船場吉兆の事件(2007年)は象徴的ですが、信用というのは本当にコツコツと積み上げていくしかないし、絶対に裏切ってはいけないと肝に銘じています。

深澤:
それもまったく同じ気持ちです。

清:
では、今の話を踏まえて、深澤さんがこれからやっていきたいことは何ですか?

深澤:
さっき話した休耕地の有効利用や身土不二も含めて、みんなが自分の地元をしっかりと固めていけば、日本全体が良くなると思うんですよ。

みんな大きく遠くばかり見て、足下を見ないという傾向があるじゃないですか。
そのへんを見直して、地元の物や良さを生かしていくのが基本だと思うんですよ。

清:
本当にそうですね。
まず自分たちの身の回りから幸せにしていくことですね。

深澤:
食べること、飲むことって、その瞬間はみんな笑顔になるじゃないですか。
うちの家内も『私たちは食べ物で人を幸せにするのよ』と前から言ってますが、一瞬であっても食べ物にはその力がありますよね。
とくにお酒は、多くの人を楽しい気分にしてくれるところが素晴らしいですね。

清:
みんなでお酒を飲み交わすと、心が開けるというか、心を通わす瞬間というのがありますよね。
そういう意味で人の役に立てると思うと、作り手としてもやっぱりうれしいですよ。

そのためには、よりおいしくて安心して飲める酒を造ることが本当に大切ですし、作り手としても緊張感が出てきます。

深澤:
清さんたちには、地元でお米を作ってそれでお酒を造るという今の取り組みをさらに発展させてほしいですね。

本当の意味で身土不二ができるのが富士錦じゃないかなと思うんですよ(笑)。

そうしてここの良さを全国や世界に発信していってほしいです。

清:
そこは、私たちも目指すところです。
ここはそれだけの魅力がある町ですから、地域のみんなで力を合わせて、まずはお客様や地元から幸せにしてきたいです。

深澤:
はい。私もまったく同じ想いです。

深澤氏プロフィール
深 澤 正 樹 ふかさわ まさき
1958年、富士宮市(旧芝川町)生まれ。大学卒業後、地元の信用金庫に15年間勤め、家業を継ぐために退職。家業の(有)深澤フーズは、地元農家の作った小麦やそばの製粉、製麺、米の精米等が主な業務で、一般小売はあまりしていなかったが、2002年社屋となりに直売所「内房よりあいどころ」を開店。地元の食材を使った無添加の「芝川うどん」、「芝川そば」、地粉などのほか、地元の農家が作った野菜やこだわりの食材を扱かい、芝川初の手作りジェラートの製造販売なども始める。現在は牛乳・卵アレルギーの人でも食べることのできる豆乳を使った植物性ジェラート「天使の愛ス」も好評を得ている。