対談

対談~食文化の再構築を目指す料理人の想い 富士山の食材を生かし、職人としての理想を追う フレンチレストラン Mitsu オーナーシェフ 石川光博×清信一

フランスや国内の名店で修行を積み、21年前に故郷の富士宮に「フレンチレストラン Mitsu」をオープンした石川光博シェフ。昨年は静岡県から「ふじのくにマエストロシェフ」の称号を与えられた生粋の料理職人は、何を大切にしながら富士山の麓で仕事を続けているのか、対談という形で富士錦との共通点を探った。

清:
私が日本酒の世界に入ったのは33歳の頃でしたが、石川さんも料理人を志したのが比較的遅かったそうですね。

石川:
はい。
4年制の大学を卒業してから料理の道に入ったんですが、この世界では珍しいですね。
自分はサラリーマンというより、身につけた腕一本で生きていきたいなと思ったんです。

それで髪切り職人もいいなと思いましたが(笑)、たまたまアルバイトしていた吉祥寺のイタリアンレストラン(伊太利屋)で食の世界に魅力を感じて、卒業後もその店で2年間修行させてもらいました。

ご主人の小松正光さん(故人)には、他の人よりスタートが遅い分、人と同じことをしてもダメだと、料理の世界の奥深さや職人としての心得も含めて本当に多くのことを教えていただきました。

その小松さんにフランス料理店を紹介してもらって、そこで修行しながらこづかい程度の給料でお金を貯めて27歳のとき(1989年)にフランスに渡りました。

清:
最初はご苦労も多かったでしょうね。

石川:
まず深く追求すればするほどお金にならない世界だというのがわかりました(笑)。
しかも失敗することや怒られることばかりで、褒められることはまずない。

でも、先輩を立てるとか、手が空いたときに進んで掃除をするとかまずは周りの人たちに認めてもらうことがこの世界では大切だと。

そこから人と人との縁が生まれるし、いろいろ教えてもらえるわけです。
最初に小松さんに教わったことはフランスでも通用しましたし、この道を追求するのがますます楽しくなりました。

清:
まさに職人としての生き方ですね。
酒造りも職人の世界なので、うちの社員にもぜひ聞かせたい話です(笑)。

人間関係が大事だというお話でしたが、職人同士がお互いに何を目指しているかということを共有して、情報交換しながら仕事をしていけば、より良いものが必ずできると思うんですよ。

他の職人が、自分にない考え方や新しい発想を持っていることもあるので、お互いに助け合う関係性はいつも考えていますね。

石川:
それは料理の世界でも同じですね。
当時は生活もギリギリでしたが、料理が作れれば何とか生きていけました。
その頃の気持ちは捨てたくないし、そこで学んだものを大切にしたいという気持ちは今も強いですね。

清:
そこから日本に帰ってからもいろんな経験を積んで、自分の店を始めようというときに故郷の富士宮を選んだのはなぜですか?

石川:
まず都会でやるのは嫌だったんです。
僕が働いたフランスの田舎の店は、表に出れば大自然があって、野生のものがたくさんあって、地元の良い食材を選んで、そこに行かなければ食べられない料理を作り上げる。

それが三つ星レストランに選ばれて、不便なところだけど世界中からたくさんの人が訪れてくる。
これが理想だなと。
そう考えると、故郷の富士宮は水にも食材にもすごく恵まれている。
外国の人も、静岡は知らないけど富士山は知っている。

地元の縁もありましたし、富士山の近くでその恵みを生かして多くの人たちに喜んでもらえる料理を作りたいと思ったんです。

店の立地としては地図で探さないと辿り着けないような場所なので、求めてくれる人しか来ない。
自分はそれでもやれる料理人なのかどうか、賭けでもありましたね。

清:
私も初めてお店に来るときに迷いそうになりましたが(笑)、この地で20年以上やってこられて賭に勝った感じですか?

石川:
いえいえ、今も大変ですよ(笑)。
経営を大きくしていくことを考えたら、僕の考え方ではダメだということもわかっています。

でも、フランスの名店がなぜ美味しいのかというと、やっぱりみんな自然体で健全な作り方をしている。
大量生産はしない。

10人とか20人しか入れないのに世界でトップレベルという店はたくさんあります。

清:
日本酒の世界でも同じです。
酵母という生き物が相手の仕事なので、工場で大量生産するようなやり方では、私たちが目指すような酒造りはできませんから。

石川:
ですよね。
フランスのワイン工房を見に行ってもまったく同じでした。
美味しい葡萄ができる畑の脇に醸造所があって、そこは田んぼの中に蔵がある富士錦さんと同じですよ。

仕事のやり方も本当に頑固で、地元の葡萄と環境だけで世界中で愛される1本何十万円というワインが生まれるわけです。

清:
日本酒がそうなっていける可能性はあると思いますか?

石川:
ありますよ。
日本酒にはそれだけの可能性があると思います。
だからこそフランスの人も日本酒を
受け入れているわけですよ。

清:
そう言っていただけると心強いです。
石川さんのお話を聞いていると、その土地ごとの食文化というのが本当に貴重なもので、大切にしなければいけないと強く感じます。

石川:
私も今はそこを県にも強く訴えています。
幸い川勝知事は文化人なので、そこに理解があって、本物を作っている職人を大事にしようとしてくれています。

日本は戦後になって伝統的な食文化をたくさん捨ててきてしまったんですが、日本酒業界はそこを自分たちの手で取り戻してきましたよね。

清:
富士錦は先代が昭和46年に戦後の日本で初めて純米酒を復活させたという歴史があり、日本酒文化の伝統を受け継ぎ、さらに発展させていくという基本精神があります。

富士山の水が我々にとって最大の財産ですし、地元の米や人を大切にして酒造りをしていくというのは石川さんと同じです。

私自身も、この1杯に勝負をかけているところがすごくありますし、おそらく石川さんもこの1皿への想いが本当に強いと思います。
そこでお客さんの信頼を得ていくという姿勢も共通するところかなと感じました。

石川:
これは人から聞いた話ですが、ヨーロッパのチーズの産地で戦争中軍隊にチーズを奪われないよう、ワイン樽に隠したことが製法の始まりとするワイン漬けチーズ。
自分たちの文化をいかに大切にしているかわかりますよね。

清:
面白い話ですね。
伝統という意味は、ただ守るだけでなく、そのベースのうえに新しい良いものを加えて、さらに発展させていくことも大事だと私は思っています。

和菓子の老舗『とらや』の黒川社長が『伝統は革新の連続である』と言っていますが、私もまったく同感で、今日持ってきたお酒は『雄町(おまち)』という日本最古の酒米を使った新商品なんですよ。

もちろん今までの蓄積があるから次の扉を開けることができるんですが、そういう新しい一歩を踏み出しながら歴史を紡いでいくのが理想だと思っています。

ところで、石川さんの料理に日本酒を勧めるということもありえますか?

石川:
もちろんありえますよ。
新たに日本酒の味わいを生かす料理にも挑戦したら、おもしろいものが出てくると思いますね。

清:
楽しみです!
私もその新しい料理に合う日本酒を造れるように頑張ります。
今日は本当にありがとうございました。

プロフィール
フレンチレストラン Mitsu オーナーシェフ 石川 光博 - いしかわ みつひろ –
静岡県富士宮市生まれ。1985年、大学を卒業後に料理の道を志し、89年に渡仏。三つ星レストランなどで6年間修行を積んで帰国し、コートジボワール日本大使公邸などで腕を磨く。97年に故郷・富士宮で「Mitsu」を開業し、地元の食材を生かしたフランス料理で県内外の人気を集め、2014年には全国地産地消メニューコンテストで関東農政局長賞に選ばれ、12年から静岡県の「食の都づくり The 仕事人 of the year」を5回受賞。17年には静岡県から「ふじのくにマエストロシェフ」の称号を授与された。