対談

対談~杜氏と社長が初めて語り合う酒造りの長い道 人として、人を生かして
 杜氏 小田島健次、社長 清新一

富士錦に来て3年目を迎える小田島健次杜氏。蔵が変われば微妙な感覚も大きく変わる中で、2年目に県の鑑評会でトップに輝くなど早くも結果を出している。その酒造りの姿勢やこだわりとはどんなものなのか。これまで清社長自身も聞いたことがなかった話を、この機会にじっくりと語り合った。

清:
小田島さんがうちに来てくれて3年目になりますが、考えてみたらこうしてお互いが考えていることをじっくり話し合う機会ってなかったですよね。
仕込みが始まると、本当に技術的な話しかしないですもんね。

小田島:
言われてみればそうですね。
じゃあ今日は何を話しましょうか(笑)

清:
そうですねえ……外から見た富士錦の印象というのも一度聞いてみたかったですね。

小田島:
まあ自分は、ここに来る前は小さい蔵でしか仕事をしてなかったので、そこから見ると格が違うという印象でした。
だから声をかけてもらったときは、あんな大きいところで自分は務まるのかなあと。

畑福さん(引退した先代の杜氏)も、私らからみればすごい人でしたから。
もちろん、酒自体は富士錦さんにも負けないものを造っているという気持ちはありましたけど、自分が行って悪くなったと言われたら困るし、自分にとっても賭けの部分がありましたね。

清:
そうだったんですか。初めて聞きました。
でも私自身は、まったく心配してなかったですよ。
小田島さんが造ったお酒を何本か飲んだことがあって、非常に良い仕事をしているなと思いましたし、仲間からすごく慕われる人柄だということも聞いていたので。

しかも、静岡の蔵でよく仕事をされていたので、静岡酵母の扱い方もよく知っている。

私たちが畑福杜氏の後継者を探しているときに、小田島さんがちょうど前の蔵を辞めるということで、これはもうお願いするしかないと。
ある意味、運命的なものを感じました。

小田島:
(かなり照れながら)買いかぶりすぎですよ。
ただ、私もここで二年仕事をさせてもらって、来て良かったなという気持ちはすごくあります。
本当に自分のやりやすいように仕事をさせてもらってますから。

あと、酒屋の世界の社長っていうのは、昔気質というか……旦那さんって感じの人が多いんですけど、清社長は全然違いますね。
仕事の話もすごくしやすいです。

清:
小田島さんも、この世界では超理論派と言われてますから、理系出身の私(以前はコンピュータ関係の仕事をしていた)とは話が合うのかもしれませんね

小田島:
そうなんですかね。
とにかくいろいろ気を使ってもらって良い環境で仕事ができてますから、そのわりに自分がまだ納得のいく仕事ができてないのが申し訳ないです

清:
いや、全然そんなことなくて、すごく良いものができていますよ。
よその蔵から来て 二年目でここまで力を出しているのはすごいと思います(平成25年静岡県清酒鑑評会において純米吟醸酒の部で県知事賞を受賞)。

初めはいろいろ悩んだり、熟考したりしてますけど、『これで行く』って決めたらすごく大胆に一気に進めていきますよね。
そういう姿が見ていて気持ちがいいです。

自ら先頭を切りながらやってくれて、周りがそれに『よし行くぞ』とついていく感じなので、会社全体にも非常に良い刺激になってますよ

小田島:
いや、自分ではまだまだやりたいことがいっぱいあるんですよ。
自分の思ったような酒はまだ全然できてないですね。

清:
小田島さんの場合は、たぶん納得という言葉は最後まで出てこないんじゃないですか。
酒造りは生き物が相手の仕事で、毎年環境も違いますし、お米も毎年違うし、人だって年齢を重ねて変わってきますよね。

だから、100%満足するものなんてめったにできるものではないと思うんですよ。
ただ、その中で少しでも上を目指して、つねに進歩していこうという気持ちを持ち続けられるかどうかが大事ですよね。

だから、小田島さんが『まだまだ納得できない』と言い続けてくれているほうが、私自身は安心できます(笑)

小田島:
心配になると本当に逃げ出したくなるから、もう少し狙い通りできたら、気持ち的にも多少楽になれるんですけどね。

清:
いや、職人は心配性なぐらいのほうが私はいいと思いますよ(笑)
それにしても一緒に仕事をしてみると、思った以上に理論派でしたね。

本当に綿密にデータを取って、パソコンに入力して分析してますよね。
そうやり始めたきっかけは何だったんですか?

小田島:
酒造りは自分の五感や経験がいちばん大事ですけど、やっぱりそれだけだと再現性は低いんですよね。

それで、パソコンという便利なものが出てきたので、データを打ち込み続けてみたら、グラフを見ていて『こういうときにこうなるんだな』というのが、だんだんわかるようになってきたんですよ。

帳面につけるよりも後から見やすいし、すごくヒントにはなりますね。

清:
自分の経験や勘を裏付けたり、次の参考にしたりできるわけですね。

小田島:
そうですね。
ただ、そういう意味では、純米酒とか定番の酒のほうが難しいし、プレッシャーがありますね。

自分になって味が落ちたと言われたくないし、『今年は去年より良かった』となれば、次の年はそれより絶対落とせないですから。

清:
毎年ハードルが上がっていくわけですね。
そういう中で、お米は毎年質が変わったりするわけですから、たしかに本当に難しいチャレンジではありますね。

それでも蔵開きのときに、お客さんから『自分はこれが大好きなんだよ』とか『このお酒おいしかったよ』と言われるのが、すごくうれしいと言ってましたよね。

『飲む人の顔がこんなに近いというのは、本当にいい催しですね』と言ってくれたのが、私自身もすごく印象的でした。

小田島:
蔵開きというのが自分は初めての経験でしたし、私らは基本的に造って終わりで、一般のお客さんの声を聞くことがないですから、すごく新鮮でうれしかったですね。

清:
本当に励みになりますよね。
お酒を造っている過程では、苦労や悩みが多くて楽しいことばかりじゃないですからね。

小田島:
そうですね。
ただ、私が楽しくなれば、みんなが楽しめるんですよね。
私が渋い顔すると、みんな渋い顔になるし。
でも、みんなで楽しくうまく回ったときじゃないと、良い酒はできないんですよ。

陰であいつはどうだとか、お互いに悪口を言っていたら絶対ダメ。
あれは不思議なもので、腕じゃないんですよ。
みんながひとつになったときは、不思議と良い酒ができるんです。
だから、私がもっとうまくみんなをまとめていければ、もっと良い酒になるかなと。

前の蔵よりも(蔵人の)人数が増えてますから、そこはより大事なんだろうけど、他の杜氏さんみたいな貫禄や迫力が足りないんですよね。

清:
貫禄の問題は別にしても(笑)、人は気持ちで動くものですし、気持ちが通じてないと良いものはできないですよね。
それも含めて、酒造りも結局は人なんでしょうね。

今までの100年もいろんな人に支えられて今の形になってきて、これからの100年も人が作っていく。

人を育てて、良いチームを作って、これからも妥協なくおいしいものを追求し続けていくということですかね。

小田島:
そういうことになりますかね

清:
やっぱり、たまにはこんなふうに話し合う機会を作るのはいいですね。お互いに考えていることがそんなに違ってなかったということが確認できましたから(笑)

小田島:
本当ですね(笑)

杜氏プロフィール
小田島 健次 こだしま けんじ
昭和26年、岩手県遠野市生まれ。前任の畑福馨氏と同じ南部杜氏の伝統を受け継ぎ、若くして杜氏に。静岡県内の複数の蔵で経験を重ねる中で清社長に実力を高く評価され、平成23年から富士錦の杜氏となった。データやパソコンを駆使して醸造工程の精度を高めながら、日々理想の酒を追求し続けている。