対談

対談〜水と米で人を輝かせたい〜富士山からの水の恵みに感謝お客様からコロナ後の希望が

昨年12月静岡県富士市にオープンした「米えにし」は、土鍋炊きご飯の定食で人気を集める飲食店。その味へのこだわりは米や食材だけでなく水にも及び、炊飯や調理に富士錦酒造の仕込み水を使用している。今回はその縁を背景に、同店の秋山俊雄社長と水と米に対する熱い想いを店内で語り合った。

清:
今日はこういう形で対談をお願いしましたが、秋山社長とは不思議な縁ですよね。

秋山:
そうですね。私がいきなり御社に押しかけて『お水をください』とお願いしたところからなので(笑)。
なのに即決で快諾してくださって、逆に僕のほうが驚きました。

清:
初対面でしたけど、あのとき秋山さんの本気というか、うちの水を本当に生かしてくれそうだなと直感したんですよ。
当時の想いをあらためて聞かせてもらえますか。

秋山:
はい。この『米えにし』をオープンする前は、この場所で『BEPPIN食堂』という店をやっていたんですが、コロナ禍になって、この業態でこのまま続けていくのは経営的にもどうなのかとずっと考えていたんですよ。
それが『飲食店って何だろう?』とあらためて考え直す良い機会になって、自分の原点を見つめ直してみたんですね。
うちの創業は祖母がラーメン屋を始めたところからで、その店を両親が手伝っていて、僕は生まれたときからずっと厨房の横で育ったんですよ。
だから飲食業は僕の身体に染みついているというか、生業だと思うんです。
その原点から飲食業で大事なことは何かと考えたら、やっぱりシンプルに美味いものを出すこと。
それでお客さんに喜んでいただければ、僕らも幸せになれる。
そう思ったとき自分の中にフッと降りてきたのが、パスタより米じゃないかと。
本当に美味しいご飯を提供できれば、流行り廃りに関係なく長くやっていけるんじゃないか。
それが日本人としての原点だと思いますし、コロナ禍を乗り越える僕なりの答えの一つだったんですよ。

清:
たしかに我々日本人は、白飯に飽きるということはないですからね。

秋山:
ですよね。で、美味しいご飯を炊くには何が必要かと考えて、まず米は岐阜の『初霜』という日本で1、2番ぐらい粒が大きい品種を選び、土鍋で炊くことにしました。
でも、それだけじゃ足りない、水も大事だなと。
幸いこの地域は富士山の伏流水に恵まれていて、それを生かした美味しい日本酒もある。
その仕込み水だったら最高じゃないかと思って、地元の酒蔵に相談してみたいと考えていたら、たまたま知人が富士錦さんと縁があった。
自分自身も富士錦のお酒はよく飲んでいて、すごく美味しいということを知っていたので、じゃあダメ元で一度お願いに行ってみようとなったわけです。

清:
そうでしたね。我々も水と米と丁寧な製法が大事だというのはまったく同じなので、すごく共感できたんですよ。
ただ、通常は飲食だとなるべく経費や手間を減らしながら美味しいものを出すという方向で考えるのが普通だと思うのですが、ここまでこだわるのがすごいなと。
だからこそお手伝いしたいという気持ちが強くなりましたね。

秋山:
そう言っていただけて本当に嬉しいです。
たしかに、こういうやり方だと商品単価はどうしても高めになってしまいます。
ネットの口コミでも『高い』という声も一部あります。
お客様にも多様なニーズがあるので、そこはもう潔く、違う価値観のお店に行った方が喜んでいただけるのかなと。
でも、その分うちは徹底的にやろうと。
アフターコロナの世界で、ただ喜んでいただくだけじゃなくて、『うまい!』という感動があるような、お客様の心に刺さるようなご飯を出せるかどうかの勝負。
その一点突破です。もちろん、かなりのチャレンジでしたけど。

清:
それが成功しているのはすごいですね。
僕自身もご飯の美味しさに感動しました。

秋山:
ありがとうございます。
ただ、まだ1年も経っていないので何とも言えません。
これが5年後でも10年後でも同じようにお客様に来ていただいていたら、僕も多少は胸を張れますが(笑)。
それでも、ネットの感想で『お米が美味しい』とか『日本人に生まれて良かった』といったコメントが出ていたのは本当に嬉しかったですね。

清:
僕らもそこは同じです。
お客様に『美味しい』と言っていただけるのは、従業員にも僕自身にも本当に励みになります。

秋山:
そうですね。
僕はときどき席待ちしてるような風情で店内の様子を見ているんですが、最初に富士錦さんのお水を一杯飲むところからお客様は魔法にかかってくるんですね。
『これは富士錦さんの仕込み水なんですよ』と説明して、グラスも美味しく水が飲めるものを吟味して選んで、それを飲むと明らかにお客様の表情が変わるんですよ。
その後、お腹を温めるために同じ水でひいた出汁(具のないスープ)を飲んでいただいて、土鍋ご飯とそれを生かすおかずを食べていく中で、どんどん魔法にかかっていく。
この水の力ってすごいなとあらためて感じます。

清:
それは水の力というより、秋山さんたちが料理以外でも接客や器、店構えなどすべてにこだわっているからだと思います。

秋山:
いえいえ。この店のテーマとしては『日常の中の非日常』という面もあるので、それを感じていただく意味でも、このお水はまさに日常の中の非日常ですよね。

清:
お役に立てているとしたら本当に光栄です。
そんなふうに『人に幸せな時間を贈る』ことができるのは、お酒もまったく同じなんですね。
お酒を介して家族や仲間で楽しい時間を過ごすことができる。
ときには交渉事や商談がスムースに進んで、世の中を動かす力にもなる。
だからこそ愚直なまでに本物を造り続けることが大事だと思っていますし、その本質を守りながらよりクオリティを上げる革新を続けていくことが大事だと考えています。
僕は『伝統とは改革の連続である』という言葉をいつも心に留めています。

秋山:
本当にそうですね。改革というと何か全然違う新しいことをやらなければいけないと思いがちですが、毎日の当たり前の中にも工夫できることはいくらでもあるんですよね。
僕はこの間63歳になったんですが、もうジジイなので恥ずかしがらずに言えるようになった自分なりの理想があるんですよ。
ちょっと大げさなんですが『飲食を通じて人を輝かせる』というのが自分の使命というか、ライフワークなのかなと。
もちろん従業員のためにもビジネスとして維持できなければいけないんですが、美味しいものを食べてお客さんが輝けて、そこで働く人も一緒に輝ける。
きれい事かもしれませんが、自分の生い立ちを考えてもそこは目指したいと思っています。

清:
素晴らしいですね。僕らもお酒を通じて人を輝せたいというのは同感ですし、それが仕事の励みになっています。今日は素敵はお話をありがとうございました。

秋山:
こちらこそありがとうございました。

プロフィール
(有)まさご・(有)ツープラス 代表取締役
秋山 俊雄 - あきやま としお –
静岡県富士市生まれ。1958年に祖母が開店したラーメン店で育ち、71年の「和食処まさご」を皮切りに両親と共に新規店舗を続々と開店して「まさごグループ」を創設。
とんかつの「かつ政」は静岡県内に7店舗を展開し、2013年には富士市内に洋食の「BEPPIN食堂」をオープンして多くの女性の支持を得た。
コロナ禍を経て昨年12月に同店を「米えにし」に改装し、さらなる人気を博している。